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禅と林檎 スティーブ・ジョブズという生き方

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スティーブ・ジョブズが『禅』の影響を受けていたことを知りました。

詳しく知りたくなったので、早速Amazonからジョブズ関連書籍を取り寄せてみました。

 

ジョブズの死後、彼に禅を指南した新潟県出身の曹洞宗僧侶、乙川弘文氏が一躍脚光を浴びました。
貴重な映像が残っています。

乙川弘文(おとがわ こうぶん)
旧姓:知野(1938年 - 2002年)
新潟県加茂市出身のアメリカ合衆国カリフォルニア州で活動した曹洞宗の僧侶。
アップル社のスティーブ・ジョブズとの交流でも知られた。
新潟県加茂市の曹洞宗の寺に生まれる。
駒澤大学を経て、1964年に京都大学大学院で修士号(大乗仏教)を取得した。

福井県の永平寺で3年に及ぶ修行を積み、1967年、僧侶・鈴木俊隆の招きでアメリカ合衆国に渡った。
タサハラ禅マウンテンセンターにて、1970年まで補佐を務め、1971年に鈴木が死去した後には、ロスアルトスの禅センターにて、1978年まで活動、1979年にはロスガトスの慈光寺に転任した。

1986年にはスティーブ・ジョブズのNeXT社の宗教指導者に任命され、1991年にはスティーブ・ジョブズとローレン・パウエルの結婚式を司った。
その後も各地にて活動していたが、2002年7月26日、スイスにおいて、5歳の次女を助けようとして溺死した。
[出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/乙川弘文]

ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ

ジョブズと、禅侶 乙川弘文氏の物語を描いたコミック。

今回は、取り寄せた書籍のなかから、
『禅と林檎 スティーブ・ジョブズという生き方』についてシェアします。

スティーブ・ジョブズと禅の世界

著者の石井清純氏は、駒澤大学学長。
角田泰隆氏は同大学仏教学部教授です。
駒澤大学は、曹洞宗が1592年に設立した駿河台の吉祥寺内の学寮:旃檀林(せんだんりん)から発展した大学です。

建学の精神
駒澤大学の建学の精神は、「仏教」の教えと「禅」の心を現代的教育に活かしてゆくことを、建学の理念としている。
仏教は、物事を正しく理解する「智慧」を獲得し、それを「慈悲」の心で周囲に役立てることを目指す。
しかし、それらは外だけに向けられるものではなく「智慧」も「慈悲」も、自己を離れては存在しえない。そこで、本来の自己を見つめる「禅」の心が活きてくる。
己れの、内と外、体と心、それらをひとつにして道をきわめてゆくことを、道元は「身心学道」と表現した。
駒澤大学はいわば、この「身心学道」を、現代社会において実践しようとしている大学である。
駒澤大学が養成しようとしているのは、常に本来の自己にたちかえりつつ、最新の学問を修め、現代の社会に活かしていく人材である。
駒澤大学の建学の理念をわかりやすく表現した言葉として、「行学一如」と「信誠敬愛」がある。
[出典:Wikipedia]

以下は、駒沢大学教育後援会 のサイトに載っている本の紹介文です。

ジョブズの生き方を支えたもの。その根源にある、禅・曹洞宗との深いつながりを石井学長と角田教授が解き明かします。
第1部:ジョブズの言動から、その基となった経典の言葉や意味を判りやすく紹介します。
第2部:ジョブズが師と仰いだ乙川弘文氏とアメリカでの禅の系譜や、出家のために入山したいと考えていた永平寺について解説します。

この本を読んで、タスケが特に強く印象に残ったところを引用してみます。

禅に深く傾倒したジョブズは、
出家し永平寺で修行をしてみたい
と訴えましたが、弘文は「ここにとどまれ」と言い、
事業の世界で仕事をしつつ純粋な精神世界とつながりを保つことは可能なのだから、出家をする必要はない
と諭した、と伝えられています。

ジョブズが残した名言

本の構成は、
ジョブズの言葉をとりあげ、そこに禅的・仏教的な解説を加えていくというカタチになっています。
それでは、ジョブズ珠玉のことばを紹介していきましょう。

仏教には「初心」という言葉があるそうです。
初心をもっているのは、すばらしいことだ。

There’s a phrase in Buddhism, ‘Beginner's mind.’
It’s wonderful to have a beginner's mind.
禅でいうところの『初心』を、ビギナーズマインドと英訳しています。
『初心忘れるべからず』
このことわざは、能の大御所:世阿弥の書『花鏡』に由来します。

しかれば当流に万能一徳の一句あり。
初心忘るべからず。
この句、三ヶ条の口伝あり。
是非とも初心忘るべからず。
時々の初心忘るべからず。
老後の初心忘るべからず。
この三、よくよく口伝すべし

このように、三つの初心に触れています。

是非とも初心忘るべからず。とは、
若い頃に失敗したり苦労して身につけた芸は、後々の成功の糧になるのだから、その時未熟さを折にふれて思い出し二度と失敗は繰り返さない!と思うことでさらに精進できるのだということです。

時々の初心忘るべからず。とは、
若い頃から老年にいたるまでの各段階で年相応の演じ方をすることが大切で、その時々に積み重ねていくものを『時々の初心』といい、その時々の演技を忘れず、境地を覚えておくことにより、年月を経てからすべてに味がでるものだという意味です。

老後の初心忘るべからず。とは、
老齢期にには老齢期にふさわしい芸を学ぶ初心があるということです。自分はもう歳だからもういい…というわけではなく、その都度初めて習うことがあり、試練を乗り越え続けなければならないということです。

禅でいう初心とは、
初心者とか初級者の心持ちのことを指すのではなく、
これまで経験したことがないことに対して、自分の未熟さを受け入れながら、その新しい事態にチャレンジしていく心構え、その姿勢のことを言っているのです。

金で人生を台無しにされたりなんかしないぞ。

ジョブズは億万長者になった後も、カリフォルニア州パロアルトの質素な家に住み続けました。
ジョブズは、インタビューに対し、アップルでは多くの人が裕福になってから変わったと語っています。

(高級車の)ロールスロイスを買った者もいれば、住宅を買った者もいる。
妻たちは美容整形を受けるようになった。
とても素朴でいい人たちが、変人に変わっていくのを見てきた。
それで私は自分に誓った。『金で人生を台無しにされたりなんかしないぞ』と

これからも砂糖水を売りたいかい?
それとも世界を変えるチャンスが欲しくないかい?

ペプシコーラ社からジョン・スカリーを引き抜いたときの口説き文句だとされます。
ジョブズは二年後にスカリーからアップルを追放されることになりますが、この言葉がスカリーの人生を大きく変えたのは確かです。

たとえ七歳の子供であっても私より優れていれば教えを乞おう。
また、たとえ百歳の老人でも私に及ばなければ教えてあげよう。

中国の唐時代の禅僧:趙州の言葉です。
世間さまの常識にとらわれることなく、人を年齢で判断することなく、
自分より優れている者からは年齢に関係なく教えを受けたと言われています。
人生にはそれぞれのターニングポイントがあります。
ジョブズもまた世間さまの常識にとらわれることなく、
自分自身の人生のターニングポイントをしっかりと見極め、他の心をも動かし、世界を変えてきた人物といえるでしょう。

知っていると思いますが、私たちは自分たちの食べる食べ物のほとんどを作ってはいません。

私たちは他人の作った服を着て、他人のつくった言葉をしゃべり、他人が創造した数学を使っています。
何が言いたいかというと、私たちは常に何かを受け取っているということです。
そしてその人間の経験と知識の泉に何かをお返しができるようなものを作るのは、すばらしい気分です。

この言葉は、仏教のでいうところの『縁起』『因縁』そのものです。
ベトナム生まれの禅僧:ティク・ナット・ハンはこう語ります。

もしあなたが詩人なら、一枚の紙のなかに雄大な雲が漂っているのを見るでしょう。
雲がなければ雨はなく、雨が降らなければ樹は育たず、樹がなければ紙を作ることもできないのです。
このように、紙が存在するためには雲はなくてはならないもの、つまり、雲がなければ紙は存在しないのです。
ですから、雲と紙は「相互存在している(interbeing)」のです。

自分独りだけで生きているというヒトも動物もこの世に存在しません。(存在出来ない)
生かされている!ということに気づけば、感謝の念は自ずと湧き上がってくるでしょう。
日本語の『おかげさま』の『陰かげ』は、目には見えないけれど、いつも恵みをくださる神様のことを指しています。
たがいに、『おかげさまで』と感謝しながら生活してきたのです。
(了)


禅と林檎 スティーブ・ジョブズという生き方/石井清純,角田泰隆

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