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バカボンのパパと読む「老子」~ドリアン助川

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老子関連書籍で、特に心を惹かれた
ドリアン助川さんの バカボンのパパと読む「老子」を紹介ししたいと思います。

先回の記事では、老子の言葉を取り上げてみました。
⇒ 『未来の市場支配者』が持つべきマインドセット

これは、ビジネス的な観点から、リーダーとしてのあり方を老子に求めた例ですが、老子の読み方、解釈は人それぞれです。
ビジネスマンであれ学生であれ主婦であれ、人生の中で一度は読んでいただきたい、とぼくは思っています。
よりよい人生をおくるための、フォーカスポイントが見えてくるのではないでしょうか。

そこで、老子を初めて読む人にも、老子関連本をたくさん読んできたけどピンとこなかった、あるいはちっともわからなかった、という人にもお勧めしたいのが、ドリアン助川さんのこの本です。


バカボンのパパと読む「老子」/ドリアン助川

今日本はとんでもない問題を数々抱えている。
そんななか、老子の「無為自然」の考えがきっと役に立つはず。
生きるということは自然の摂理とともにあるということ。そこから始めるしかないのだ。しかし、漢字だらけの老子の文章を読み解くのは難しい。
そんなときにあらわれたのが「バカボンのパパ」だった。
とっつきにくい漢文をわかりやすく解説する、「バカボンのパパ語訳」による老子本の登場。
新書: 201ページ
出版社: 角川マガジンズ(角川グループパブリッシング) (2011/11/10)

■本のなかみ一部抜粋

第1章 道(TAO)は語れないのだ
【読下し文】
道の道う可きは、常の道に非ず。名の名づく可きは、常の名に非ず。
名無きは、天地の始めにして、名有るは、万物の母なり。
故に常に欲無きもの、以て其の妙を観、常に欲有るもの、以て其の徼を見る。
此の両つの者は、同じきより出でたるも而も名を異にす。
同じきものは之を玄と謂う。玄の又玄、衆妙の門なり。

【ドリアン助川訳】
道が語りうるなら、それは恒常の道ではない。
名が名付けうるものなら、それは恒常の名ではない。
名のないところから天地が現れたのであり、名があって万物は存在し得た。
だから、ものに対する欲望の無い者のみが、道の妙(見えない本質)を見ることができ、
常に欲望に囚われている者は、その徼(結果として現れた姿)しか観ることができない。
妙と徼の二つは同じところから出てくるが、それぞれ名を異にする。
これらが出てくる同じところを玄(奥深い神秘)と呼ぶ。
いや、玄よりもいっそう見えにくい玄、すべての妙が出てくる門である。
*「道」~宇宙の根源、その作用と存在のすべて。TAOと発音する。
また、言うという意味で動詞として捉えることもある。

【バカボンのパパ訳】
話してどうだとわかるようなものは、永遠不滅のTAOではないのだ。レレレのレなのだ。
目ん玉つながりのおまわりさんとか、ウナギイヌとか、ニャロメとか、名前を付けて呼べるようなものも、永久の存在ではないのだ。
名付けようがないものからお空や地面は始まったのだ。だから、あれが欲しいこれが欲しいと思わない無欲の人のみが、現象の向こう側にある「見えない本質」を観ることができるのだ。
あれが欲しいこれが欲しいと欲のかたまりになっているような人は、結果として現れたものの姿しか観ることができないのだ。
現象に隠された本質も、現象そのものも、同じところからレレレのレーと出てくるが、見えないほうは妙と言い、見えている現象のほうを徼(きょう)と言う。この二つが出てくる同じところを玄と呼ぶのだ。
いやいや、玄を生み出すもっと見えにくい玄、あらゆる本質が飛び出してくる門がこの世の根っこにあるのだ。
これでいいのだ。

■老子の言葉はシンプルだけど、堀が深い。

これまで様々な先生の本を読んできたのですが、どうもしっくりこなかったのです。
いや先生方の訳や解説を批評しているわけではないのです。たんじゅんに、ぼくがその訳や解釈に馴染めなかっただけのことなのです。

『ぼくは老子をこれこれこのように解釈しました』とアウトプットするとき、どのように表現したら、老子の言いたかったことを伝えることが出来るだろうか?

そんなことを意識しながら、数々の老子関連本を読んできました。アマゾンで購入したり、図書館で借りて読んだり……
売り払ってしまった本もあって、現在蔵書として残っているものがこれだけです。

(※ちなみに、読んだ本はすぐ売り飛ばします。残してあるのは手元に置いておきたい本のみ。)

ある時期、老子にハマっていたことがあります。老子関連本を漁り、貪り、読みまくり、そして
『ぼくは老子をこれこれこのように解釈しました』的な、アウトプット!アウトプットの日々……
あの頃をなつかしく想い出します。

ひょんなことが切っ掛けで、このドリアン助川さんの本を知ったのですが、老子解釈をバカボンパパに語らせるという、その斬新なアイデアには参りました。う~m、その手があったのか!と。

ドリアン助川さんがカルチャーセンターで老子を教えていたとき、『TAOをどうやってみんなに味わってもらうべきだろうか』
と考え込んでいたときに、天啓を受けたのだとか。

参考にしていた老子本の挿絵から「わしもいっしょに旅をするのだ」とささやく声が聞こえた、ような気がした、と。
さらに老子像をじっと見ていたら、「わしにそっくりなのだ。わしといっしょに読むのだ。これでいいのだ」と声がした!
「バカは永遠の天才なのだ!それがTAOなのだ!」

こうして、この素敵な本が誕生したのでした。
さすが、ドリアン助川さんだけあって、表現が素晴らしい!

最後に、本の感想。というか、

そんなタスケのひとりごと。

バカボンのパパにもっと弾けて欲しかったなぁ。
パパに酒でも飲ませたら、
もっと過激でハチャメチャな(しかしスジの通った)話が聞けるのかなぁ……

巻末資料:目次

上巻
第一章   道(TAO)は語れないのだ
第二章   相手があって存在するのだ
第三章   うすらバカでお腹いっぱいなのだ
第四章   からっぽで満々なのだ
第五章   踏めば踏むほど気持ちいいのだ
第六章   ママも玄牝の一人なのだ
第七章   後ろにいて前にいるのだ
第八章   なるようになるのだ
第九章   成功したら去るのだ
第十章   ばっちり一人でできるかな、なのだ
第十一章  有るは無いから生まれるのだ
第十二章  ネコの卵はわしをおかしくさせるのだ
第十三章  なんでも大事にすればいいというものではないのだ
第十四章  はっきりとはしないがそこにある恍惚なのだ
第十五章  いっぱいのいっぱいになってはいけないのだ
第十六章  話がでかすぎるのだ
第十七章  王様は忘れられなければいけないのだ
第十八章  孝行息子を求める時代があやしいのだ
第十九章  文章としていまいちなのだ
第二十章  わし、ひとりぼっちなのだ
第二十一章 うすらぼんやりはえらいのだ
第二十二章 やぶれることで新しくなるのだ
第二十三章 信用しない人は信用されないのだ
第二十四章 無理は無駄なのだ
第二十五章 宇宙のお袋さんは疲れないのだ
第二十六章 軽いと飛ばされるのだ
第二十七章 ダメ人間は人の元なのだ
第二十八章 バカをつらぬくのだ
第二十九章 たくさんの人がいて世が成り立つのだ
第三十 章 武器を使ってはいけないのだ
第三十一章 戦争は悲しみの連続なのだ
第三十二章 TAOに向けて流れ込むのだ
第三十三章 死んでも死なないのだ
第三十四章 小にして大なのだ
第三十五章 TAOは味がないし、見えないし、聞こえないのだ
第三十六章 反対の反対なのだ
第三十七章 欲がないと静かなのだ

下巻
第三十八章 失われて、だんだんバカになっていくのだ
第三十九章 みんな一から始まったのだ
第四十 章 弱い力が強いのだ
第四十一章 まっすぐな人はぶれぶれなのだ
第四十二章 陰と陽でレレレのリズムなのだ
第四十三章 形のないものが強いのだ
第四十四章 持って生まれた才能で満足するのだ
第四十五章 口べたこそ雄弁なのだ
第四十六章 人も国も欲をかくとろくなことがないのだ
第四十七章 出かけなくてもわかるのだ
第四十八章 勉強すると勉強が増えるのだ
第四十九章 みんなの心がわしの心なのだ
第五十 章 自然に振る舞うとなかなか死なないのだ
第五十一章 道があって徳があるのだ
第五十二章 世界のママはTAOなのだ
第五十三章 近道は間違う道なのだ
第五十四章 どう生きるかがその人なのだ
第五十五章 赤ちゃんは最強なのだ
第五十六章 知ってる人はしゃべらないのだ
第五十七章 法律が厳しくなると泥棒が増えるのだ
第五十八章 わしは他人をジャッジしないのだ
第五十九章 敵がなくなると限界がなくなるのだ
第六十 章 幽霊も悪さをしないのだ
第六十一章 へりくだってえらくなるのだ
第六十二章 人の価値も変わるのだ
第六十三章 大きなことはちっちゃなことから始まるのだ
第六十四章 積み重ねの妙なのだ
第六十五章 みんなで天才バカボンになるのだ
第六十六章 王様が一番へりくだるのだ
第六十七章 バカに見えれば本望なのだ
第六十八章 争わず、用いるのだ
第六十九章 陣無きを陣とするのだ
第七十 章 わし、あんまり理解されないのだ
第七十一章 欠点がわかれば欠点がなくなるのだ
第七十二章 オーラは内に秘めてこそ、なのだ
第七十三章 天の理屈は誰にもわからないのだ
第七十四章 天が決めることなのだ
第七十五章 税金を取り過ぎるとみんなが苦しむのだ
第七十六章 弱いのが強いのより強いのだ
第七十七章 余っているものは差し出すのだ
第七十八章 正しい言葉は反対の言葉なのだ
第七十九章 貸しても返せと言わないのだ
第八十 章 もう一度素朴に生きるのだ
第八十一章 為して争わないのだ
おわりに― 「無為自然なのだ」

■おまけ:叫ぶ詩人の会『ハタ坊のおでん』

3′10″~
僕の人生はあっけなく終わるじょ
最後によみがえるのは
ハタ坊のおでんだじょ
僕は君に会えてよかったじょ
なぜならハタ坊
君のおでんには×はなかったじょ
すべてをダメにしてしまう×はなかったじょ
絶望の×はなかったじょ
僕の人生はハタ坊のおでんだったじょ
僕らは時を貫く
一本の串のような命
○と△と□だけの
ハタ坊のおでん
おでん
望みを断たれた夜も
死にたいと思える日々も
丸と三角と四角と
それだけの組み合わせでしょう

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